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大阪高等裁判所 昭和60年(う)1352号 判決

本店所在地

大阪市都島区中野町二丁目八番四号

山口観光株式会社

右代表者

山口隆一

本籍

佐賀県唐津市朝日町一〇七一番地の三九

住居

大阪府豊中市東豊中町四丁目一七番一六号

会社役員

山口隆一

昭和一〇年三月二九日生

右両名に対する各法人税法違反被告事件について、昭和六〇年一〇月二八日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、原審弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 沖本亥三男 出席

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は被告人両名の弁護人西枝攻、同間瀬場猛、同田窪五朗連名作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

第一本件控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は、1、原判示第三の事実のうち、三井東圧の株式は株式会社山口工務店(以下「工務店」という)が購入した工務店の資産であるのに、被告人山口観光株式会社(以下「被告会社」という)がその簿外資金で購入した被告会社の資産である旨認定した原判決は事実を誤認している。2、被告人山口隆一(以下「被告人山口」という)、被告会社、工務店の資産が混然一体となって明確に区別されることなく管理、処分されていたのに、資産の帰属の不明確なものまで、被告会社の資産であるとして、これを被告会社の被告人山口に対する貸付金と認定した原判決は、資産評価を誤っている。3、ホテル東京プラザの下水道工事代金六三〇万円及び雨水排水追加工事代金二〇〇万円(合計金八三〇万円)に相当する建物附属設備(以下「本件附属設備」という)は、(一)ホテル東京プラザの営業上必要な設備ではなく、その敷地の効用を増加させるものであって、敷地所有者たる被告人山口の資産たるべきものである。(二)仮に本件附属設備が被告会社の資産であるとしても、完成と同時に実質上は豊中市に帰属しているので、被告会社の資産とは評価できない性質のものである。しかるに、これを被告会社の資産であると評価した原判決は事実を誤認している。(三)以上のいずれもしからずとしも、本件附属設備はその所属が不明確であるので、少なくとも被告会社に、本件附属設備について、ほ脱の故意がない、というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係各証拠によれば、原判決認定の事実は優にこれを肯認することができ、当審における事実取調べの結果によっても、右認定は左右されない。すなわち、

1、三井東圧の株式(以下「本件株式」という)の帰属を争う所論について

所論は、工務店は、当時天満ホテル新築工事を請け負っていて、昭和五八年二月二日から同年四月一五日までの間においても右請負代金の仮受金として五回に亘り、合計金五、五〇〇万円を受領して銀行口座に入金し、四月六日に金一、〇〇〇万円、四月二六日に金一、五〇〇万円の現金振替をしているところ、他方、四月六日に金九、八七九、九四三円、四月二六日に金一五、九八五、一二六円が大阪屋証券尼崎支店に振込まれて本件株式が購入されているのであって、右入金、現金振替及び株式購入時期の時期的接着性及び振替現金と株式購入代金のほぼ一致しているとの金額の近似性から、本件株式は工務店の資金により購入されたことが明白である、というのである。

よって検討するのに、原判決挙示の関係各証拠によれば、被告会社は昭和五八年四月期において簿外株式として、三井東圧の株式を合計二三万一〇〇〇株有していること、被告会社代表者山口隆一は、毎日の売上金の内種々の必要経費相当額を被告会社の当座預金に入金し、その余は簿外の資産として、以前は仮名の定期預金としていたが、昭和五五年ころからは、国債や株式を購入していること、被告会社で儲けた金を工務店に注ぎ込むことがあっても、工務店の金を被告会社が借入れることはないこと、本件株式は工務店の資金としてはもちろん公表帳簿上計上されてはいないこと、以上の各事実が認められるところ、さらに子細に検討するに、

まず、三井東圧の株式のうち、所論に添う取得時期の取得状況についてみると、昭和五八年一一月二二日付調査書(有価証券元帳、検89号)の別紙1の96、97丁、別紙2の5丁、及び昭和五八年一二月一〇日付調査書(簿外株式調査書検16号)の別紙1の7丁、別紙2の51丁によれば、大阪屋証券尼崎支店において、昭和五八年四月二日(記帳は四月六日)山口隆一名義で本件株式六万一千株が一〇九五万九九四三円(内二千株は三五万九一八九円、一万一千株は一九七万九二一二円、四万八千株は八六二万一五四二円)で購入され、同年四月六日現金で金九一五〇円と九八七万九九四三円計金九八八万九〇九三円が、その余は信用保証金残高からの振替入金分と併せて金一〇九五万九九四三円が支払われていること、同調査書別紙1の五五、五六丁、別紙2の三丁によれば、三洋証券北浜支店において、昭和五八年四月二二日(記帳は四月二六日)山口豊名義で本件株式一〇万株が一八二五万九一六七円(内三千株は金五四万九八二九円、二万株は金三七六万四四三三円、五万株は金八九五万一九五六円、二万七千株は金四九九万二九四九円)で購入され、同年四月二六日現金で金一五九八万五一二六円と信用保証金残高から金二二七万四〇〇〇円と金四一円(小計金二二七万四〇四一円)合計金一八二五万九一六七円が支払われていることが認められる。以上の事実によれば本件株式の取得金額中支払われた現金の額は所論指摘の金額と近似しているものの、購入日及び取得株式の価額は所論とはいささか径庭を有するものであることにまず留意しなければならない。

次に、工務店名義の預金の動きをみるに、工務店の決算報告書(当庁昭和六一年押第二一号の1)によれば、第一一期(自昭和五五年五月一日至同五六年四月三〇日)及び第一二期(自昭和五六年五月一日至同五七年四月三〇日)は現金、預金の保有高は零であるが、第一三期(自昭和五七年五月一日至同五八年四月三〇日)つまり本期は同期末において現金として金一九一四万八〇〇〇円と当座預金一一八七万一四〇〇円を有していること、同期の振替伝票及びオンライン照会表(前同押号の2)によれば、所論の指摘のように、昭和五八年四月六日に金一〇〇〇万円、四月二六日に金一五〇〇万円の合計金二五〇〇万円が当座預金から現金に振替られていること、そしてそのほかには現金の入金はないことが各認められ、さらに現金の動きを見ると、同年三月三〇日までは現金による支払はなく、三月三〇日に白川工ム店に対する仮払金として金三五五万円がなされ、以下いずれも仮払金として、四月六日に丸キ電機に金九万六〇〇〇円、山本設備に金三三万円、四月一〇日に白川工ム店に金五三万五〇〇〇円、木原木材に金一六万円、クリエイト大阪に金二一万円、四月一一日に箸クロスに金一一五万一〇〇〇円が各支払われていて、以上のほかには現金による支払はないことが認められる。その支払の合計金は金五八五万二〇〇〇円であり、それと前述の、本期末の現金保有高金一九一四万八〇〇〇円とを合計すると丁度金二五〇〇万円となる。従って、四月六日の金一〇〇〇万円と四月二六日の金一五〇〇万円の当座預金から現金に振替られた金二五〇〇万円は、一部は仮払金として使われ、残金は工務店に保有されていることが明らかである(なお、三月三〇日分の現金による仮払金三五五万円はそれまで工務店に現金の保有がないので、何らかの形で一時的な流用がなされ、四月六日以降の振替入金による現金の保有によって埋合せがなされたと推測するほかない。しかし、このように推測しても、所論の指摘とは全く無縁である)。以上の事実によれば、四月六日と四月二六日の当座預金から現金に振替られた金二五〇〇万円が、本件株式の取得のために使用されたものでないことは明らかといわねばならない(従って、所論に添う被告人の原審公判供述は以上の認定事実に照らして措信できない)。なお所論は、工務店の当時の経営規模から金二五〇〇万円の現金を保有する必要性がない旨主張するのでなお検討するに、なるほど、原判示関係各証拠によれば、工務店は昭和四五年ころから休眠状態であったが、昭和五三年に難波ハイツを建設し、昭和五六年までの間にそれを完売しているところ、右営業活動をしていた期間の決算報告書である第一〇期決算報告書(自昭和五四年五月一目至同五五年四月三〇日)(前同押号の1)によれば、同期末には普通預金として金二五四二万六三五三円を保有していることが認められるのであり、その後工務店は昭和五八年三月に天満ホテルの建築管理の仕事をするまでの間は再び休眠状態となるが、その間である前記第一一期、第一二期の決算報告書には現金、預金の保有高は零であるが、右天満ホテルの仕事を開始した以降である昭和五八年三月ころからは前記のとおり相当多額の現金による支払が頻繁になされているのであって、現金保有の必要性は、工務店が営業活動状態にあるが、休眠状態にあるかにかかっていることが明らかであり、工務店が営業活動状態にあった昭和五八年三、四月期には相当多額の現金保有の必要性があることが認められるのであって、その必要性がない旨の右主張は、工務店が営利法人で相当大規模の建築請負工事をなしていることをも併せ考えると、何ら根拠のない独自の理論であるというのほかない。

以上のように、本件関係帳簿、伝票類等を煩を厭わず子細に検討すれば、本件株式は被告会社の資産であることが疑問の余地なく明白に肯認できるのであって、これと結論を同じくする原判決に事実誤認はない。(もっとも、原判示の弁護人の主張に対する判断の一有価証券五八年度(3)において、工務店の当座預金一〇〇〇万円と一五〇〇万円の出金分は工務店において引続き現金として管理されているとの措辞は、金二五〇〇万円のすべてが現金としてそのまゝ管理されているようにも解され、措辞甚だ適正を欠くといわざるを得ないが、結論において右工務店の出金分で本件株式を購入したものでなく、被告会社の簿外資金で購入したことを認定しているのであって、原判決には、判決に影響を及ぼすべき事実誤認はない。)論旨は理由がない。

2、被告会社の被告人山口に対する貸付金の所論について

所論は要するに、被告会社、被告人山口、工務店の資産が明確に区別されずに管理、処分されてきたのに、資産の帰属が不明確なものについてまで被告会社の被告人山口に対する貸付金とすることは資産評価にあって誤りをもたらすとの抽象的な主張である。

よって検討するのに、記録によれば、所論指摘にように、被告会社、工務店は本件期間前から正確な帳簿の記帳をしておらず、被告人山口個人との貸借関係も明確に記帳されていないばかりか、被告人の妻山口イサ子を含めて、事業の主体が不明確なものまであり、被告会社、工務店、被告人山口、山口イサ子の間でいわばどんぶり勘定で資産が運用、管理されていたことが認められる。

しかしながら、資産の運用がどんぶり勘定的であっても全く記帳がなされていないわけではなく、それらの片鱗と以下の各事業内容とを総合すれば、関係主体の各資産の確定はその手続が煩瑣となるものの不可能になるわけではない。本件関係各証拠によれば、被告人山口は、いわる裸一貫から身を興したもので、個人資産の由来及び増減は比較的明らかであること、被告会社は原判示冒頭部分で認定のとおり、いわゆる同伴旅館業を営むものであって、その収入の方法及び規模は客室数及びその使用料、使用回数で判明するのであり、困難と見られる使用回数においてすら、使用シーツの枚数で明白になるのであって、また、必要経費等の支出も単純であり、それらは、本件各種の査察官調書によって明らかであること、工務店は前記のとおり長期間の休眠期間が多く、その事業収入も単純でありその資産関係は公表帳簿(前同押号の1)によって明らかであること、以上の各事実が認められる。そのような前提に立って概ね次のような手法で被告会社から被告人山口に対する貸金関係を認定した原判決の事実認定は、本件事案に則した合理的なものであって、優に肯認できるものである。すなわち、(1)まず、事業主体について争いのある事業の主体及びその事業による収入及びその管理方法を確定する。(2)次に、被告会社と工務店の貸借関係を確定する。(3)さらに、被告人山口と工務店との貸借関係を確定する。(4)その上で、被告会社と被告人山口との貸借関係につき(イ)まず、貸借事由が明白なものを確定し、(ロ)最後に貸借事由が不明確なものにつき、原判示のような財産増減法による手法で確定する。以上のような方法で被告会社と被告人山口との貸借関係を確定した原判決には、関係各証拠に照らして何ら事実誤認はなく、論旨は理由がない。

3、本件附属設備について

よって検討するのに、原判決挙示の関係各証拠によれば、本件土地は所論指摘にように被告人山口の個人所有であること、本件附属設備は設計図面上東京プラザの給排水衛生設備工事と一体となっているうえ、機能上も右衛生設備のためであると認められること、本件設備以外に被告会社において給排水衛生設備を機能させるための下水道施設を有していないし、またその計画を有したことも認められないこと、豊中市長宛の公共下水道施設築造工事施行承認申請書、同市長の承認書、誓約書の主体はいずれも被告会社であること、さらに、本件附属設備の請負契約は被告会社と山本設備工業株式会社(以下「山本工業」という)との間でなされ、山本工業からの請求書、領収書も被告会社宛になされていること、以上の各事実が認められ、それらによれば本件附属設備は東京プラザの設備であって、被告会社の資産であるといわざるを得ない。また、前記豊中市長の承諾書には工事竣工と同時に市に寄附することとの条件があり、寄附の場合は所有者から採納願書を出して寄附行為の手続を要するが、被告会社は昭和六〇年七月九日になっても右採納願書を提出しておらず、豊中市からの右採納願書の提出督促すら拒絶したことが認められ、右事実によれば、被告会社は本件附属設備が被告会社の資産に属することの認識があり、また原判示のとおり、本件工事代金を過少にした領収書を作出させているのであって、以上の事実を総合すると、ほ脱の故意があったことも明らかといわざるを得ない。論旨は理由がない。

第二控訴趣意中量刑不当の主張について

論旨は、原判決の量刑は、上記の事実誤認によるほか量刑判断を誤り、各被告人に対し、不当に重い刑を科しているので破棄を免れない、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するのに、(なお事実誤認の主張はいずれも失当であることは前述した)本件は、いわゆる同伴旅館等を経営する被告会社及びその業務全般の統括者である被告人山口が、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企てて、昭和五六、五七、五八年の三事業年度において、それぞれほ脱金額は金二八〇〇万円ないし四九〇〇〇万円強で合計一億円強の高額のほ脱をしたという事案であって、そのほ脱率も九九パーセントないし一〇〇パーセントという高率であること、被告人山口は他にも工務店の代表者も兼ねているのに、ことさら関係各会社の帳簿の正確な記帳を怠り、そのうえで必要経費の一部までも簿外にして発覚を免れんとした手口も巧妙悪質なものであること等に照らすと、被告会社及び被告人山口の刑責は軽視し得ないものがあり、税額はすべて支払済であること、会計処理体制を整備して再犯のおそれはないこと等所論指摘の情状を十分考慮に入れても原判決の量刑(被告人山口観光株式会社を罰金二八〇〇万円、被告人山口隆一を懲役一年二月、三年間刑執行猶予)が重きに過ぎ不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松井薫 裁判官 村上保之助 裁判官 生田暉雄)

○ 控訴趣意書

被告人 山口観光株式会社

被告人 山口隆一

右の者らに対する法人税法違反被告控訴事件について、弁護人らは左のとおり控訴の趣意を提出する。

昭和六一年一月三〇日

右被告人ら弁護人

弁護士 西技攻

弁護士 間瀬場猛

弁護士 田窪五朗

大阪高等裁判所第二刑事部 御中

第一 事実誤認

原判決は、左のとおり事実を誤認しており破棄されるべきである。

一 有価証券――58年度――三井東圧株式

(一) 原判決は三井東圧の株式は被告人会社がその簿外資金で購入したものと認定している。右認定の根拠として原判決は要旨次の理由をあげる。

即ち、〈1〉工務店の第一三期決算書においては三井東圧の株式が、資産として計上されていない。〈2〉昭和五八年四月六日、当座預金一〇〇〇万円が現金に振替られ、同月二六日同じく当座預金一五〇〇万円が現金振替られているが右振替られた現金勘定の合計と決算現金残高が符合することから、工務店は右現金を現金のまま保有管理している。〈3〉被告人山口は被告人会社の簿外資金で多数の株式を取得しているが、山口個人の資産を利用して山口個人が取得したものと区別するような扱いをしていず、本件三井東圧の株式のみを山口個人が買い受けたとは認められない。

とする。

しかし、右認定には以下の理由により事実誤認の違法が存す。

(二) 三井東圧株式の購入資金

1 原判決は、三井東圧株式は被告人会社の簿外資金で購入されたものであるとする。しかし、右購入資金は、工務店の資金が充当されている。

工務店は、当時天満ホテル新築工事を請け負っており第一三期中に右請負代金にかかる仮受金の受領をなしている。即ち、工務店の決算書綴り(押2)中の振替伝票及び58・12・1付調査書(預金借受金元帳)155丁にて明らかなとおり、次のような仮受金入金がある。

昭和五八年二月 二日 一〇〇〇万円

昭和五八年三月 一日 五〇〇万円

昭和五八年三月一六日 一五〇〇万円

昭和五八年四月 六日 一〇〇〇万円

昭和五八年四月一五日 一五〇〇万円

そして工務店のは右の資金でもって支払等の決済をなしているが、四月六日に一〇〇〇万円、四月二六日に一五〇〇万円の現金振替をなした。

一方、四月六日に九、八七九、九四三円、同月二六日に一五、九八五、一二六円の各金員が大阪屋証券尼崎支店へ振込まれ、三井東圧の株式の購入がなされている。

2 以上の事実から明らかなとおり、四月六日、同月一五日の各現金振替の資金が工務店の資産であることは明白であり、被告会社の簿外資産ではない。また、天満ホテルから山口工務店への入金時期と大阪屋証券への入金時期とは接着しており、さらに三井東圧の買入金額とはほぼ一致した金額が振込まれている。

以上の点より本件三井東圧の各株式が工務店の資金によって、購入されたことは明白である。

(三) 「工務店は右現金振替分を現金として保有している」との判断について

1 原判決は前述の総額二五〇〇万円の現金振替分は、以降において工務店が現金として保有しているとし、その根拠として三井東圧の株式が決算上評価されず現金残高と符合することから現金として保有されたままであるとする。

2 しかし、決算書類上の現金残高が存し、株式が計上されていないという根拠のみで、本件株式が工務店の資金で購入されていないという理由とはならない。

即ち、工務店の決算書は以降においても右購入資金に見合う現金については保有現金として、現金勘定として評価しているが、本件査察時において右二五〇〇万円に相当する現金は存在しておらず、右二五〇〇万円は単に決算上の評価として残っているにすぎないものである。

さらに、工務店の当時の経営規模からして二五〇〇万円の現金を保有する必要性というものはなく、何んらかの形で別形態の資産へとかえられたと見るのが自然で本件二五〇〇万円についても同様と見るべきである。

一方、三井東圧の株式が工務店資産として評価されていないのは、右株式が山口隆一、山口豊名義で購入されたことからかかる形になったものであるにすぎない。

3 しかるに、原判決は、唯単に公表決算において、三井東圧の株式が計上されていない一事をもって、被告人会社の簿外資産としている。しかし、右株式がいずれに帰属するかの判断は金員の出入の実態に即して判断すべきである。そうすれば前述のごとく右仮受金及び事後の現金の各処理経過から本件株式が工務店の金員で購入され、工務店の資産として処理されたと判断すべきであり、仮にそうでなかったとしても被告人山口隆一に対する工務店の貸付金と判断すべきである。

(四) 三井東圧の株式のみを被告人会社の簿外資産と認めることは出来ないとの判断について

1 原判決は、

「被告人山口は被告人会社の簿外資産で多数の株式を取得しているが、山口個人の資産を利用して山口個人が取得したものと区別するような扱いをしていない。そうすると、右三井東圧の株式のみ、山口個人がこれを買受けたとはみとめられない。」

とする。

2 しかし、原審証拠調べでも明らかになったとおり被告人らの本件公訴にかかる期間の山口工務店、被告人会社、被告人山口隆一、三者の資産は複雑に入り組み、いずれの資金がいずれの所有に帰属するか判然としていなかったのである。

しかるに、本件三井東圧の株式については前述のとおり、資金の流れが明白であり原判決が述べるのとは反対に他と区別することが出来るものである。

被告人会社、被告人山口工務店の各資産が混全一体となっていることは、原判決も認めるとおりである。

さすれば、本件のごとく一定明白に被告人会社の資産と区別出来得るものについては、本件脱漏所得より排除することが、刑事司法の正義に合致するものである。

二 貸付金

原判決は、山口個人、山口観光及び山口工務店の資産をそれぞれ明確に区別できるとしたうえで、山口観光の山口個人に対する貸付金を算出している。

しかしながら、原審での公判廷でも明らかにされたように山口観光及び山口工務店の会社設立の経過からみてもこれらの会社の資産は明確に区別されることなく、管理・処分されてきたのであり、原審での事実認定はこの点で大きく誤っている。

そして、資産の帰属が不明確なものについてまで、山口観光の資産であるとして、これをもって山口観光の山口個人に対する貸付金とすることは、資産評価において、結果に重大な誤りをもたらす誤りがある。

三 建物附属設備について

(一) 原判決は、ホテル東京プラザの下水道工事代金六三〇万円、雨水排水追加工事代金二〇〇万円合計金八三〇万円に相当する建物附属設備(以下本件附属設備という)についても被告人会社の脱漏資産と認定し、その理由として

1 本件附属設備は、被告人会社所有のホテル東京プラザの建物内の廃水を豊中市の公共下水道に導くためのものであり、ホテル東京プラザの営業のために設置されたもので土地の改良のために設置されたものではない。

2 本件附属設備は公の施設としての側面とともに、被告人会社の営業の便益に供されており、被告人会社の繰延資産と認められ、仮に直ちに寄附がなされたとしても寄附金となるものではなく、且つ被告人会社においては未だ豊中市に寄附をなしていない。

3 被告人会社は、本件附属設備の工事代金を過少にした領収書を作成させその旨の工事代金を支出したものとして公表帳簿に記載しているところから、右部分についてはほ脱の故意があった。

としている。

(二) しかし、右事実の認定は誤っている。

(1) 被告人会社においては、本件附属設備をその営業上必要なものとして設置したものではない。

被告人会社は、ホテル東京プラザを建設するに際し山本設備工業株式会社にその給排水設備工事を請負わせたが、当初は右には本件附属設備は含まれておらず、被告人会社としては本件附属設備なしに営業をなすこととなっていた。

ところが、豊中市より本件附属設備設置についての指示を受け、且つ右完成後は豊中市に本件附属設備を寄附することを義務付けられた。

(2) 被告人会社は、ホテル東京プラザを建設するにあたり被告人よりその敷地を賃借したものであり被告人会社と被告人との間における土地賃貸借契約はホテル用建物所有を目的としたものであり、公共下水道に導く下水道管が存在せず、且つ右が公道に埋設する必要がある場合土地所有者たる被告人が負担するのは当然であり、右設備の性格上も土地の効用を増加するものである。

確かに被告人会社は、本件附属設備をその営業の便益に供しているが前記のとおり被告人会社としては豊中市の指導がなければ他の方法により廃水を処理していたのであり、本件土地の効用を増加する目的で設置された本件附属設備を使用するのは土地賃貸借契約に伴う当然の帰結である。

原判決が、被告人会社において本件附属設備を使用している事実に着目するあまり右各事実を看過した事実認定をなしたもの、と言わざるをえず、本件附属投備は被告人会社の資産と評価しえないものである。

2 本件附属設備が土地の効用を増加させる附帯設備であることが否定されたとしても、被告人会社の繰延資産と評価した点も誤りである。

仮に、本件附属設備が被告人会社の資産であったとしても、右本件附属設備の完成と同時に実質上は豊中市に帰属しているものであり、被告人会社の繰延資産として計上しえないものである。

原判決は、豊中市に「採納願書」が提出されていないことをもって未だ寄附がなされていない、としているようであるが、法人税法違反により刑事処罰を課す場合には、単に形式的に資産として評価するか否かではなく実質的に被告人会社の資産として評価し得るか否かを検討しなければならない。

本件附属設備工事にあたり、豊中市は工事竣工と同時に施設を寄附することを条件に承認したものであり、実質的には本件附属設備は昭和五七年五月一五日の工事完成と同時に豊中市に寄附されたものである。

単に「採納願書」未提出を持って未だ被告人会社の資産である、とするならば現に本件附属設備が近隣住民の「公共下水道」として使用されていることを説明できない(豊中市に実質上は寄附がなされているからこそ本件附属設備を近隣住民が使用できるのである。)。

原判決が本件附属設備について公の施設としての側面を否定し得ないものである以上、被告人会社が寄附をなした「公共下水道」たる本件附属設備を使用してもなんら不自然ではなく、右をもって被告人会社の資産と評価できないのは明らかである。

3 前記のとおり、本件附属設備については、原判決が論じるほど被告人会社の資産としての性格は明瞭でない。

被告人自身、原審において本件附属設備工事に要する費用を被告人会社が負担すべきか、被告人が負担すべきか明らかにできなかった旨を述べている。

かような被告人会社の資産か否かが不明確な本件附属設備の工事に伴う支出について、被告人会社のほ脱の故意を認定することは極めて不自然である。

原判決は、工事代金を過少にした領収書を作成させていることをもってほ脱の故意あり、との認定の一根拠にしているが、被告人会社ないし被告人において、支出した費用について過少に領収書の交付を受ける実益は全くない。

特に、本件附属設備が被告人会社の資産であることを明確に認識していたのであれば、被告人会社としては支出した費用は経費として処理できるものであり、なんらかような操作をなす必要性はないのである。

むしろ、過少の領収書は、工事をなした山本設備工業株式会社においてのみ利益が存するのであり、右領収書は同社の要請によるものとかんがえるのが妥当である。

したがって、過少の領収書の存在をもってほ脱の故意を認定することはなし得ないものである。

また、原判決は、右過少の領収書を作成させ、その旨を被告人会社の公表帳簿に記載してあり、右はほ脱の意思の現れであるかの如く認定しているが、被告人会社においては公表帳簿上は、ホテル東京プラザの給排水衛生設備工事代金として金一、七一五万円を計上し本件附属設備合計金八三〇万円については計上していないのであり、右処理は本件附属設備が被告人個人ないし豊中市に帰属しているところから当然のものであり、右をもってほ脱の故意を認定することはなし得ないのである。

第二 量刑不当

原判決は、前記記載のとおり事実認定を誤ったことにより量刑判断をも誤っている。

さらに、原判決は、次の理由により量刑判断を誤り被告人に対し、不当に重い刑を科しておりその破棄を免れない。

一 被告人会社が行った行為の手段は全く単純である。

帳簿等を操作したりした事実などもない。

二 逸脱の故意は強いものではない。

すなわち、被告人会社はことさら、自己資産を隠匿しようというより、(株)山口工務店、山口隆一個人らの資産が混在し、これらがきちんと会計処理されることなく、いわゆるどんぶりとして、管理・処分されてきたことに本来的な原因があり、被告人代表者の逋脱の故意は強いものではない。

三 社会的制裁の一部をすでに受け終わっている。

本件については新聞報道され、公に知れるところとなり、社会的にも強い批判を受け信用を失墜した。

このため、被告人会社の営業に重大な影響を受けており、すでに社会的制裁の一部を受け終えているといえる。

四 被告人会社代表者の反省

被告人会社代表者は本件について強く反省し、税務署からの修正申告の励奨にはすすんでこれに応じ、税額はすべて支払い済みである。

五 また、原判決は、「建物付帯設備」の評価について、重大な誤りを犯しているが、一方被告人は、形式上もきちんとした手続きをとっておくべきと考えて、昭和六〇年九月三〇日付をもってあらためて手続上も寄附手続きをとっている。

六 会計処理の体制整備

現在、被告人会社では各店舗毎に会計担当者をつけ、会計はコンピューターで処理し、これらを集計したうえで、会計処理の適正を期するため、税理士に対し、会計処理の管理・指導を依頼し、現在は税理士のもとで会計処理がなされている。従って、今後再び本件のごとき事態が再発する虞は全くない。

以上の諸々の事情を考慮すれば原判決の量刑は不当に過重なものであると言わざるをえず、破棄を免れない。

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